壱夢庵漂流記(貧乏長屋のご隠居雑記)

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自身の死生観について

こんにちは、壱夢庵ひょっとこ斉です。

 

今回は、自身の死生観について書きます。

残念ながら

人間は必ず(いつかは)死にます。
そして、生まれた時から死へのカウントダウンは始まっています。

これまで幸運にも、大病や大怪我をしていないので、もしかしたら死に対する具体的なイメージが掴めていないのかもしれません。

無宗教無宗派・(おそらく)現実主義者なので、「死後の世界」に対する想いはありません。

なので「千の風になって」の歌詞ではありませんが、遺骨や仏壇や墓に対する想いもあまりありません。(日本の儀礼として、葬儀や墓参りには参加しますが。あと遺伝や小さな頃に可愛がってもらったことなどの観点から先祖への感謝の気持ちはあります。)

日本では法律で原則として、火葬のうえ埋葬する必要があります。

詳しくは、別の機会に書きますが自身の墓については以前、公的(地方行政)の共同墓地(樹木葬)の募集に当選して確保済みですし、なにかの事情で無縁仏になったら、それはそれで仕方がないと考えていますので、あまり大きな心配はしていません。

(ちなみに、先祖の墓の管理や墓終いを担う可能性もありません。)

とはいえ、自身の死後の始末(住居からの退去、各種契約の解約なども含む)だけはどうやっても自分自身では出来ないので、どのように手筈を整えるかは真剣に考えなければと考えています。